今じゃこんなの観られない?観客が思わずコケた3大異種格闘技戦!

今では「ハードなエンターテイメント」として完全に針を振り切り、若い客層を魅了するプロレス界。
しかし「プロレスこそ最強の格闘技」と標榜していた時代は、それを証明するために異種格闘技戦が頻繁に行われていました。いわゆるシュート(真剣試合)の異種格闘技戦は数える程ですが、シュートだからといって面白い訳ではなくエンターテイメントだからといってつまらない訳でもありません。
やはりそこには、フリージャズのように相手と相手のパフォーマンスがスイングしなければ名勝負にはなりません。
今回は、全くスイングしなさすぎて逆にファンの間で「伝説」となった異種格闘技戦3試合をご紹介します。

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アントニオ猪木vsアノアロ・アティサノエ(昭和59年、大阪府立体育館)

元大関、小錦さんの実兄として来日。小錦さんのお兄さんだけあって関取顔負けの立派な体格とコワモテのルックス、伸び切ったアフロヘアーのような髪型で、キャラクターは充分でしたが、特に格闘技経験がある訳ではなく只々当時人気力士だった「小錦の兄」という触れ込みだけで無理矢理異種格闘技戦を決行。どんな相手でも光らせるプロレスの天才アントニオ猪木でさえもただの素人を光らせることは出来ず、特に見せ場も無いまま猪木のかすっただけの延髄斬り2発とバックドロップでKO負け。
「見切り発車で企画したモノは危険」という事を教わりました。

ジャイアント馬場vsラジャ・ライオン(昭和62年、日本武道館)

ジャイアント馬場の最初で最後の異種格闘技戦であり、今でも違った意味で伝説になっている試合。
相手のラジャ・ライオンは、パキスタンのバンドー空手王者という聞いたことが無い空手団体の王者という実績ですが、なんといっても身長が226cm!あの東洋の巨人ジャイアント馬場よりも17cmもデカいというデータを観た当時のプロレスファンは「馬場が危ない!」と戦慄しました。
しかし、いざ試合が始まるとラジャ・ライオンが馬場へ繰り出したハイキックで自らがバランスを倒してコケるというアクシデントが1ラウンドに2回も起こり、観客達に「あれ?」といった感じのどよめきが起こりました。
空手家なのに水平チョップを繰り出した事が仇となり、その腕をアッサリ馬場さんに捕まえられ寝技に持ち込まれるという墓穴を掘り、結果、変形の腕ひしぎ逆十字で2ラウンドでギブアップ負け。馬場さんの寝技技術と、自分のキックで自滅する空手家という貴重な場面を観られた事が収穫の試合となりました。


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小川直也vsマット・ガファリ(2002年、東京ドーム)

フジテレビが放送していたPRIDEの大人気で総合格闘技ブームが起こった真っ只中で日本テレビもPRIDEに対抗しようとアントニオ猪木が旗揚げした格闘技イベント「UFO LEGEND」のメインで行われた総合格闘技の試合。
相手のマット・ガファリは、レスリングで五輪3連覇を成し遂げた「霊長類最強の男」アレキサンダー・カレリンとアトランタ五輪の決勝で闘った本物のトップアスリート!‥‥のはずでしたが、現役を退いてから明らかに練習をしていないと分かるたるんだお腹で登場。
序盤に小川の足を取りテイクダウンに成功するも、その後の攻めが出来ず、開始1分ですでに息切れ。その直後、小川の左ストレートが顔面をヒットし、片目を抑えながらうつ伏せで倒れ1ラウンドでTKO負け。試合後のインタビューで「小川のストレートでコンタクトがズレたのでパニックになりギブアップした」というコメントはプロレス、格闘技ファンの間で失笑の的になりました。結局このメインイベントが原因なのかたった1回でこの興行は終了。文字通り「LEGEND」となりました。

総合格闘技もプロレスも完全に差別化し、それぞれ成熟している現在では、なかなか観られない異種格闘技戦ならではの胡散臭さや予期せぬハプニングの〝迷勝負″は、まだまだありますので皆さんも掘り起こしてみてはいかがでしょうか?

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