牛丼太郎、らんぷ亭、東京チカラめし!センセーショナルだったファストフード店は今!?

今やどこの駅に行っても同じような景色に感じてしまう事があります。駅に隣接されたファストファッションが入ったデパート、コンビニチェーン、居酒屋チェーン、ファストフード店、大きなパチンコ店。そして、ほとんどの店のトイレはウォシュレットという徹底した衛生管理。利便性で言えば申し分無い時代となりましたが、その土地ならではの個性を感じさせる風景を都市部で体感するのは困難になりました。
しかし、お金の無かった20代の頃を振り返ると当時が今のような「衣食住、何でも安く生活できる状況」なら最高だったなあとも思います。
そんな訳で今回は、極貧時代にお世話になった牛丼店の今を調査し振り返ってみたいと思います。

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神戸ランプ亭

先ずは90年代、牛丼チェーンの中でも質の高さに驚かされた「神戸らんぷ亭」。
個人的に、この店の存在を初めて知ったのは90年代後半、水道橋駅の高架下でこの店を見つけた時です。外観が白を基調とした少しシャレた店構え。メニュー表には各料理のカロリーが書いてあり、塩牛丼やみそ牛丼、更にはサバ煮定食など牛丼屋という概念に縛られないレパートリーの豊富さにも新しさを感じました。
その中でも個人的に1番好きだったメニューが「おろし牛しゃぶ定食」。まさか牛丼屋で、しゃぶしゃぶの定食が食べられるとは!という驚きと何より味が抜群に美味かったのです。
薄切りで柔らかい牛肉にたっぷりと乗った大根おろし。そこにポン酢をかけて食べた時の「これがファストフードなのか?」というインパクトは今でも忘れず、水道橋へ行く度に神戸らんぷ亭に立ち寄っていました。
そんなバラエティに富んだメニューを提供していた牛丼チェーンのニューカマーも品質を維持したまま低価格に抑える難しさや、新規の和食チェーン、大手の牛丼チェーンの低価格競争の波に押され、2015年7月に全店舗閉店。今でも水道橋駅の改札を出ると「神戸らんぷ亭の姿を探している」自分がいます。

東京チカラめし

続いて、インパクトのある店名とボリュームのあるガッツリとした牛丼を提供して旋風を巻き起こした「東京チカラめし」。
個人としては2012年頃、新宿西口で見かけ、その店名と書体の力強さに惹きつけられ思わず入った記憶があります。店内にタレの香ばしい香りが漂い、カウンター越しの厨房で店の人が肉を直接網で焼いてる光景がとてもファストフードの牛丼屋とは思えませんでした。分厚く脂が乗ったカルビのような肉と甘じょっぱいタレが絡み合ったカルビ丼といった感じで、肉自体の質も高くて驚きました。
やはりその評判は、関東にも広がり、神奈川などでもあらゆる繁華街、商店街で頻繁に見かけるようになりました。しかしその勢いは長く続かず2015年5月に全店舗が閉じました。
確かにワンコインで焼肉を食べてるような満足度は革命的でしたが、やはりコストパフォーマンスの限界を突破する事は厳しかったんでしょう。現在は他の企業に権利を譲渡し、家系ラーメンの店舗へ変わりました。うーん、あの甘辛いガッツリ牛丼がもう1度食べたい。

牛丼太郎

そして値段の安さでは右に出るものはいない!という牛丼屋チェーンのレジェンドといえば、牛丼太郎。98年頃、中野で独り暮らしをしていた時、家賃や仕事場への交通費で貰った給料がかなり持って行かれ切迫した生活を送っていた自分にとって、中野駅前の立地にも関わらず、驚きの安さで牛丼や定食を提供する牛丼太郎は大げさでは無く「命の恩人」と言っても過言ではありません。
2000年代始めに大手牛丼チェーンが低価格でしのぎを削っていた際も、牛丼並盛りが200円という圧倒的な価格で玉砕覚悟の勝負を挑みました。しかし当時私が好んで食べていたのは朝限定で提供されていた、どんぶり飯に納豆がドッサリ乗った納豆丼。並盛りは味噌汁付きで210円!大盛りでも310円!
これだけの低価格で満足度の高いメニューを押し出した牛丼太郎ですが2012年全店舗が閉店。
しかし現在も1店舗だけ「丼太郎」に名前を変え茗荷谷で営業しているとの事。

結果、センセーショナルだった神戸らんぷ亭と東京チカラめしは、営業形態を変えて活動し、牛丼太郎は名前を変えて1店舗だけ存続しています。
吉野家、松屋、すき家のBIG3に果敢に挑んだ牛丼屋の栄枯盛衰に青春時代を投影しながら、また復活の日を願います!

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